性格や衝動に関するカルマの影響

皆様、ごきげんよう。
角尾珠生でございます。

前回、依存症に関するカルマの影響について
お話させていただく中で、

【こんな所にもカルマの影響を多大に受けていた、
 または現在進行形で受けている】

という新たな発見がございましたので
ご紹介させていただきます。

今回は、

性格や衝動に関するカルマの影響

についてです。

先祖のカルマを解き清めた後、
自分自身の過去生のカルマを儀によって
清めていただきました。

それは安心して今回の人生、つまり
「今の自分」に向き合う準備が整うという事でした。

こうして様々な事に気づき、「魂の光」で
魂として生きる学びや霊的進化の学びを深めて
本来の自分を取り戻しつつある現在です。


そして性格・衝動の一つとして、私は短気で
すぐにカッとなる傾向が強い面があります。



これは大きく分けて
ふたつのカルマの影響を受けており、
ひとつは父親のカルマの影響です。

父親も短気ですぐにカッとなる人でした。
【虐待のカルマ】 親子関係におけるカルマの影響《父親編》

母は真逆でのんびりぼんやりした人でした。
【愛されないカルマ】親子関係におけるカルマの影響《母親編》


父は母との違いを理解出来ず、
また受け入れる事も出来ずにいつも母を急かし、
思い通りに進まないと怒鳴り散らしていました。


もちろん父が、
本人の本質を超えて短気だったのは、
様々な方面からカルマの影響を受けていたからですが、
当時の父には知る由もなく、もちろん成す術もなく、
母に対するようにも私にも接しました。


そのために
「父に怒られると怖いから早く決めて行動しよう」
と幼少期から努力を重ねる事が必要とされた結果、

その早く決めるという行為にフォーカスするあまり、
自分に必要か好きかどうかという個人的な感情は
二の次にして行為・選択してしまう事も多々ありました。



AとBがあって、
本当はAがいいけれど
時間がかからないBにしておこう、
という具合ですね。


本当に自らが欲するものではないが、
それを選択して早く物事を進めて父が満足し
怒られなければそれで良いと思っていました。


それほどに父の怒りは私にとって
耐えがたい恐怖であり、
半ば強制的に性格を形成したまま大人になったわけです。

ただし、

人生において即決する事が必要な場面や
時間が限られている場面では大変役に立ちました。



その点においては父に対して、
良いのやら悪いのやらという複雑な気持ちが
あるものの一応感謝しています。


しかし、
これは強制的に訓練して得た性格ですから
ずっと続けていると弊害も出てきます。

いつも急かされているような感覚と
通常の何倍も思考を酷使する疲労感に
ぐったりする事も少なくありません。

更に私の行動に対して、
「他者への配慮が欠ける」
「急かされているような気になって気分が悪い」
といった評価を受ける事もありました。

昔、ある人から
「君は頭の回転が速すぎる。
 それが普通だと思うと苦労するよ。」
と言われたことがありますが、
まさにその通りだなと思います。

自分の考え方や処理の仕方が
一番効率が良いと思っていても、
相手もそうだとは限りません。


時には相手に寄り添った処理の仕方を提案する事も、
人間関係を円滑に進える上で必要な事だと学びました。



さて、もうひとつは

過去生のカルマの影響

です。


私は【戦う人】であった回数が比較的多い
人生を歩んできたと、先生方に教えていただきました。

命のやり取りをする場面や
大いなる責任を負い決断を迫られる場面では、
一分一秒が無駄に出来ません。

あらゆる可能性を瞬時に頭の中で想定し、
物事の二手三手先を読む事が求められます。

最良の選択をしなければ、自分だけでなく
自分の守るべき者達の人としての尊厳や
命自体を失いかねないからです。

そんな究極の選択を繰り返し行ってきたために
それを今回の人生にも当てはめる癖があります。

選択を誤ったと感じた時に、
必要以上に自分を責めて酷い事をしたり
汚い言葉で罵る事もありました。


過去にも同じような場面があったのでしょう。

前にもお話しましたが、
カルマの影響とは互いに干渉し、大きくなっていきます。

過去生と父親からのカルマの影響が
互いに引き合い混じり合い、
1つになって大きな渦となるのです。


これを解き清めずそのままにしておけば、
私だけに留まらず私の周囲に影響を与え、
更には子供にも引き継がれていきます。

結果として自分が受けた仕打ちと同じように
他者を苦しませ悩ませる発信地になるわけです。

私はそういった、
いわゆる負の連鎖と呼ばれるものを
自分の所で終わらせると決めました。



では、どうすればいいのか?
何をしたら良いのか?



それを知るためには
【なぜそう思うのか?なぜそうするのか?】
という根底を明らかにする必要があります。


学びによって自らを知り、
自らの理解者となるためにとても大切な事です。

【自分自身の感情や価値観、
 期待や不安、大切にしている事を自らが知る】

これが自分の理解者になる第一歩なのです。



私の場合は、
【自分が傷つきたくない、
 失敗して何かを失いたくない、命を守りたい】
という恐れからきています。


これらは全て過去の経験に基づいています。


しかし、よくよく考えてみれば
世界的に見ても平和で裕福な部類に入る現代の
日本に生まれて普通に生きている場合、
命の危機に陥る確率というのは
そんなに高くないと言えるでしょう。

確かに幼少期に感じた、父からの虐待と
助けてくれない母から受けた「命の危機」は
紛れもない事実ではありますが、
《今》それが同じように私の身に起こっているか
と言えばそうではありません。

父は亡くなりましたし、母は過去の事を私に
懺悔するようになりました。
更に言えば、もう私は過去にいたような
戦場にいるわけでもありません。

つまり私の根底にある恐れの対象となるものが
もう存在しないにも関わらず、
過去の亡霊に怯え囚われて行動や気持ちを制限している。
私にはこれが非常に非生産的な事ではないのかと感じ始めました。

自由を奪って過去にがんじがらめに
縛り付けているのは誰でもない
私自身なのだと気付いたのです。



こういった自分の中の変化に気付いたのは
三六九の儀を受けた後でした。



儀を受ける前はそういうものなんだろう、
多かれ少なかれ誰にでも問題はあるものだと
疑問にも思いませんでしたし、
あえて解決するという考えにも至らずに
見て見ぬふりをして生きていました。


先生方から学んだ、
【過去から引き継いだ重荷を下ろして、
 真の己の課題と向き合い成就させる】


これが人生の目的であるならば、
まず私がすべきことは、
自分を安心させてあげる事なのなのです。



もう何者にも怯えなくても良い、
戦わなくても良い。

何にも囚われずに
自分が心から望む選択をして良い。

そのように自らを癒し落ち着かせるようにしたら、
以前より短気が起こらなくなりました。

たとえカッとしてもその一瞬だけで、
すぐに冷静な自分に戻れるようになったのです。

更に最近では、
自分と真逆だと思っていた母の特徴である
「物事を時系列順に具体的に話す事が苦手」
という部分をしっかり受け継いでいる事を自覚しました



不思議な事に、母も私も自分の頭の中では
きちんと完成していて理屈が通っているのです。
しかし、いざ言葉にして話すと
相手には意味が通じていない。

あぁ父はこれが一番理解できず、だからこそ
腹を立てていたのだろうなという父の苦労も
垣間見えました。

ですから、
人と話すときは主語述語を忘れないとか、
具体的に詳細に話す、といったように
相手に伝わるように話すようにしています。

ただ、急いでいる時や余裕がない時は
支離滅裂になりがちなので、
今後も気を付けていく必要があるなと思っています。

この様に過去から受け継いだ重荷を下ろすと
様々な事が見えてきます。


そしてその事柄に対して腹を立てるとか
悲しくなるという感情に飲み込まれずに
冷静に見つめる事ができます。


時に「何で今なの!ちょっと待って!」と
絶叫するような絶妙なタイミングで
現れる事もありますが、
少なくとも過去の重荷を下ろした分は
身軽なわけですから、
格段に対処しやすくなっているはずです。

思考の霧も晴れておりますから、
落ち着いて行動すれば必ずきちんと
良きように対処出来ます。

何事も過去に起こった事とは分けて考える。
まず、落ち着いて一息ついて冷静になる。


こういった日々の積み重ねが大切だと感じています。

次回は、
趣味や嗜好に関してのカルマの影響を
お伝えいたします。