【珠生の体験談】趣味や嗜好に影響する過去生の生き様とカルマの影響

皆様、ごきげんよう。
角尾珠生でございます。

前回の性格や衝動に関するカルマの影響に引き続き、
こんな所にもカルマの影響を多大に受けていた、または現在進行形で受けている
という新たな発見についてお話しさせていただきます。

今回は趣味や嗜好に影響する過去生の生き様とカルマの影響についてです。

皆さんもランニング・食べ歩き・読書・旅行などなど、何らかの趣味をお持ちかと思います。
ひとつのものに熱中する方もいれば、様々なものを楽しむ多趣味な方もいるでしょう。

以前、お話しさせていただいた依存症のカルマの影響と重なる部分もありますが、一見ただの趣味と思われるものも「なぜこんなに好きなのだろう?」と考えると、そこには少なからず過去からのカルマの影響がある事が分かります。

例えば、私は最近でこそ中々時間が取れずに触っていませんが、
学生時代からテレビゲームが好きでした。

特に戦略を立て敵を殲滅する様な戦略・戦争系のゲームが大好きです。
複数の敵を罠にはめて一網打尽にするとか、そっと闇夜に紛れて気付かれずに敵地に潜入するとか。戦闘に有利な高所に陣取って眼下の敵を気付かれないように一人ずつ片付けるとか。
その行程を考え作戦を立て、成功すると非常に楽しいわけです。


また、映画も好きでよく見ていたのですが、過激な描写のあるものを特に好んでいました。
アクション映画のような派手な演出よりスプラッターやホラーを見て、登場人物の悲惨な死に胸が高鳴るという、今から考えればちょっと異常な精神状態にあったわけです。

更に、よくインターネットで〈遺体・処刑・拷問〉などの資料や本物の様によく出来たフェイク画像・映像を貪るように探していました。

今でもホラー映画は好きでたまに見ますが、
「コレを毎日のように見てワクワクして胸躍らせていたあの頃はやっぱり少しおかしかったな」と感じます。

この私の少々常軌を逸した趣味について、過去からのカルマの影響が根深く関係しているという事が最近分かってきました。

道子先生に、
「こういったものが楽しいと感じる私は過去に何をやっていたのでしょうか?」
と伺ったところ、


「もともと戦う人であった回数が多いので戦略を立てたり、好戦的な傾向が強いですね。
ただその状況に対して悩み、辛い、嫌だ、止めたいという気持ちも強いです。そして、
今はそのような悲惨な状態ではない、命の危険にさらされていないという事実を確認したい。
自分は安全なのだと安心するために画面の中の悲惨な情報を取り入れているのでしょう。
こういった場合に過去の体験に蓋をして絶対に見ないようにするタイプと、何度も何度もそれを追体験しようとするタイプがあって、珠生さんは追体験しようとするタイプですね。
しかしその世界から今回の人生では卒業し、愛を学ぶ時ですよ。」
と教えていただきました。

そう言われてみれば、あれだけ魅入られたように熱中したものの、
現実の世界でそれらの残酷な行いを試そうという発想には一度も思い至りませんでした。

あくまでゲームや映画という画面の向こうの世界の話であり、実際に試すようなものではない。
娯楽として楽しむからこそ許されるのであって、現実世界では罪以外の何ものでもないという明確な線引きが己の中にあったように思います。


まさに画面のこちら側という絶対的な安全地帯で、悲劇を傍観出来る自らの現状を実感して安心したいという思いが根底にあったのでしょう。

今回の人生での幼少期の虐待という悲惨な体験が引き金となって、過去に体験した壮絶な修羅場が呼び起され無意識のうちに過度に追体験するようになっていたのです。

この体験を通して、自分はこれほどまでに大きなダメージを受けているのかと驚き、
そして丁寧に自らを癒していく必要があると感じ、実践していこうと決意しました。
目には見えないダメージが蓄積し肉体を蝕んでいくという事を実感した貴重な体験でした。
その上で「なぜこうなるのか?」という成り立ちを知る事が出来て本当に良かったと思います。

理由がわかれば、どうしたら良いのかが明らかになるからです。


私は辛い体験に対して蓋をして見て見ぬ振りをするのではなく、どちらかと言えば直視して立ち向かうタイプなようなので、理由と方法が分かればどうとでも対処出来る!と少々楽観的な部分があります。

もちろん、見て見ぬ振りをしたくなる時もありますが、
そのような時は【本当はどうしたいのか?どうなりたいのか?】を自らに問うようにしています。

さて、

そんなふうに様々な面から目覚めつつある現在では、趣味に変化がみられるようになりました。

毎日、自宅の植物の手入れをするのがとても楽しいと感じています。
なぜか我が家の植物達は季節に関係なく1年中花をつけたり、巨大化したりとびっくりする程に元気なのです。
元気のなかった子や素人では扱いが難しいと言われる子が 生き生きと花を咲かせているのを見ると、何とも穏やかな気持ちになります。


これは命を奪う・失うのではなく、静かに時を過ごしながら命を慈しみ育てたいという過去に成しえなかった望みを、ようやく平和な現代で果たそうとするカルマを成就させたい気持ちの現れなのです。

また幸運にも子供を持つ事が出来た私ですが、娘と過ごす日々の中で穏やかに命を守り育む生活というものを渇望していたのだと改めて感じ、涙が出る事があります。

過去、手に入れたくても手に入らなかったものをようやく得る事が出来たという感覚です。
今も予期せぬ波乱が全く起こらないわけではありません。
何かしらの事件は起こっています。

しかし、過去に成し遂げられなかった事、つまり過去から引き継がれたカルマを今回の人生で出来る限り解消して、成就する事が人生の大きな目標のひとつであると気付いた今は、神に祈り応援して頂きながら過ごしています。


人を傷付ける事も傷ついた人を見るのも、
本当は楽しい事ではなく辛く悲しい事なのです。

しかし、過去生においてや過去の時代にはそれが良しとされており、
命令され、やらないと自分の命が危ういからといった理由でやらざるを得なかった。

相手からも同じ理由で自らの肉体を害されたり、苦痛と失意の中で息を引き取った。
そんな奪い奪われる体験を数えきれない程に繰り返して来ました。

これは私だけでなく、全ての人に当てはまる事です。

現実問題として世界ではまだ国家間の戦争や国内での内戦が起こっています。
差別や略取、勝つ側と負ける側、生まれた瞬間に不要と判断され殺められる命や
物の様に扱われる命もあります。
日本国内でも人々の争いや差別は絶えません。

勝先生が
「ほとんどの人が同じような家の歴史と過去生を繰り返しています。
その結果として家のカルマの影響を強めて、自らのカルマの負債を大きくしているとは気付いていません。
知らないまま人生を生き、知らないまま次の世代により強大になったカルマの影響を引き継がせています。」
とおしゃっていました。

どこかで気づき強い意志を持って今を変えようとしなければ明るい未来は開かれません。

「来世なんてあるはずないから今さえ良ければいい」と思いますか?

カルマを作り出しているつもりは無いから自分だけは大丈夫」と思っていませんか?

残念ながらカルマの影響とは一人だけで作り出し、一人で負うものではないのです。
個人、先祖から受け継がれたもの、土地や民族によるもの、国によるもの、人種という種族によるもの。
それら全てが複雑に繋がっているのです。

分かりやすい言葉で表現すると個人から家、そして民族、そして国家、そして人類にまで及ぶ【人類の負債】という言葉が近いでしょう。

実際、台風・洪水・地震・火災といった自然災害は日々国内外問わず起こっています。
今回のコロナウィルスの爆発的な感染も人類がどれだけ自然を害してきたかという、とても分かりやすい現象でした。

つまり、私たちは水があふれそうなコップを常に持って歩いているのと同じなのです。


今この一瞬は大丈夫だとしても1時間後、1日後、1週間後はどうなるか分かりません。

水がこぼれる時に「待って!」と言っても水は止まりませんから、ゆっくりそっと歩くかどこかでその水を流して増やさないようにする事が必要です。

カルマの影響自体は目には見えません。
しかし、目に見える現象としてそれは必ず私たちの目の前に起こります。

避ける事の出来るものもあれば、避ける事の出来ないものもあります。

しかし、過去から受け継いだカルマを解き清めて成就させるように、また日々カルマを作らないように過ごす事で大難を小難に変える事は可能です。

自らのため、家族や友人のため、周囲の人のため、どこかで縁あるかもしれない誰かのために、
一人一人がまずは今自分に起こっている事にどんなカルマが影響しているのかを知り、それを解き清め成就させるように行動して行く事がとても大切であり急務であると感じています。


【ご案内】
▶︎カルマとは何か?
▶︎カルマを清める三六九の儀

カルマをつくらない生き方とはどうしたらいいのか?
▶︎魂の光・プラクティショナー/マスタープラクティショナー