【珠生の体験談】 閉じる家のカルマとその理由について

ごきげんよう、角尾珠生でございます。
先祖の歴史、自分史と体験談をお伝えするこのブログを通して、自分の過去を思い出したり掘り下げて見つめ直すことを繰り返しています。

それによって改めて忘れていた出来事を思い出したり、見過ごしていたものに気付くことが多々あります。

今回はその思い出したことの1つである、私の実家の家系にまつわるカルマの影響、家を閉じることついてお伝えしていきます。


まず、私の父方の祖父には兄弟が2人、姉妹が2人おりました。

その兄弟2人とも結婚しましたが一人は子供に恵まれず、もう一人には息子さんが出来て結婚し、お孫さんも生まれましたが女の子でした。
更に、父の従兄弟であるその息子さんは様々な理由があって離婚して、奥さんが子供を連れて実家に帰られたそうです。

また、祖父の姉妹2人は遅くまで結婚せず、最終的に2人とも大きなお子さんのいる家庭に後妻に入り自分の子供は持ちませんでした。

そんな中で私の祖父は幸いにも2人の子供に恵まれ、それが伯母と父でした。

伯母はお嫁に行き、父が跡を継いだわけですが、そこに生まれたのが私たち3人姉妹でした。


結局、父方の家の男子は私の父と従兄弟さんのみとなり、自然とその代で終わることになったのです

一方、母方の家も母を含めて3人姉妹で、長女の母と次女の叔母は嫁いでしまい、三女の叔母が婿養子を取り家を継ぎました。

家を継いだ叔母には息子さんが生まれ、後に結婚して孫も生まれましたが、その子もまた女の子でした。そちらも不幸な事に奥さんとは早くに死別されたと聞いています。

私たち3人姉妹は皆お嫁に行き、長姉と三女である私は子供に恵まれました。


しかし、次姉は10代の頃から婦人科系の疾患があり、それが原因で「子供は望めないだろう」という状態でした。

もしかしたら何かしらの治療を施せば子供を産むことができたかもしれませんが、結局その間もなく次姉は結婚してすぐに様々な事情の果てに自死してしまいました。

この偶然というにはたびたび繰り返される出来事を事実としては理解していましたが、カルマの影響が関係しているとは最近までピンときていませんでした。

ただ、先生方から

《子供が生まれない、跡継ぎの男の子がいないという家は自然と閉じる方向に向かっていて。そこを人間の理屈で無理に存続させようとしても、結局は上手くいかずに余計に拗れてしまう場合が多い。》

というお話を伺ったり、同じような状況の方のお話を伺って突然、頭に電球が灯るように「そういうことだったのか!」という実感が湧いてきました。


父方も母方も、殺生をしたり女性を虐げたりといったことを重ねてきたカルマの影響が盛りだくさんの家でした。つまり多くの人々を犠牲にして成り立っていた家だったわけです。

そんな御先祖や関係する御霊たちの失望や後悔や心残りの思いの結果、

【跡継ぎを作らせてなるものか、家を存続させてなるものか。】
【子孫に同じ過ちを繰り返して欲しくない。もう終わりにして。】

と憎悪や懇願の入り混じった状態が凝縮され、父方も母方も自然と終焉を迎えるべく子供が出来ない、または女の子しか生まれないという状況になったのでしょう。

このようにカルマの影響が表面化する時は、ダムが決壊するが如く一気に絶え間なく表れるのです。

そして、この出来事を改めて再認識した私が最初に感じたのは、「因果応報、親の因果が子に巡る。自分たちのしたことの責任を取るべき時がきただけのこと。」という諦めと少し悲観的な感情でした。

苗字という名前以外に継ぐべきものがある家ではありませんでしたが、先祖代々長い年月を経て受け継いできたものの終わりを目にするのは、やはり悲しくもあり寂しくもあったのです。


大げさな言い方をすれば、誰も抗えない死に向かう1つの命の終わりを見ているような気持ちになっていました。

私たち人間も自然の一部であり、大きな自然の流れには何者も逆らって生きることはできません。
自然をコントロールしよう、それが可能だという考えは驕りであり、それ自体が不自然な行為なのです。

川の流れに逆らって泳げば、いずれ流れに飲まれて溺れてしまうのと同じです。
川の流れに沿って泳ぐ、つまり自然と調和を保って生きることがとても重要なのです。

しかし、そのように頭では理解していても人間には感情があります。

ただ、そんな悲観的な気持ちになっていた時に、ずっと前に道子先生が「例え女の子しか生まれなくて、家を継ぐ人がいなくなっても命のリレーは続くのよ。」とおっしゃっていたことを思い出しました。

その時は「ふーん。」と特に気に留めず、全く響いていなかった言葉が今になって深く染みてきたのです。
家という形はもう続かないけれど本当の意味での血筋、つまり先祖たちが幾多の争いや災害の中で懸命に守り抜いた命は私の中に生きているし、私の子供にも受け継がれているのだと。


そう気づいたら悲しい寂しいという気持ちはふっと消えていきました。

いつもここぞというタイミングで神様は気づきを与えてくれます。

きっと神様から、《よくぞ、ここまでやり遂げましたね。もうお役目を果たしましたから、そっと閉じていきましょう。》と言われているんだなと、そんな穏やかな気持ちに変化したのです。

御先祖や関係する御霊たちに対して「今までご苦労様でした。命を繋いで残してくれてありがとうございます。後はこちらに任せてゆっくり休んでくださいね。」と心から感謝することが出来たのです。

こうやって過去ではなく今に目を向けていくことの重要性も再確認することが出来ました。

なぜなら、実は私の嫁いだ先も夫で最後の代になるかもしれない家なのです。

私は妊娠した時に「もし子供が男の子なら存続してよしというサインで、女の子なら実家と同じく閉じるべくして閉じる家なのだ」と思っていました。

結果的に娘が生まれましたが、それに対しては1mmの不満もありません。
超絶可愛い娘が健康に生まれてくれて、すくすくと育ってくれていることには感謝しかないです。

ただ何となく、お腹の子供が女の子だと分かったばかりの頃は悲しさや寂しさを感じていました。

嫁ぎ先の父方も母方も私の実家に負けず劣らず、カルマの影響が盛りだくさんな家なのでそれもまた致し方なしと思っていたのです。

しかし今後は、私が娘以外に子供を生まなかったり、生まれた子供が女の子だったとしても「こちらの家もようやく今、お役目を終えたのだ」と穏やかな気持ちでいられます。

もし男の子が生まれれば、それはそれで1つの許可を得たとして、娘同様に感謝をして一生懸命育てるでしょう。

どちらにしても、私は次の世代に命のリレーを繋げるというお役目を幸運にも果たせたわけですから、「多くの御先祖たちが大切に繋いできた命のリレーに大きな貢献ができたんだ。」と自分を褒めています。

日本には世界でも珍しい【戸籍】という制度があり、【家】という形をとても大事にしています。

私たちの御先祖たちはそうやって繁栄し名と命を思ってきたわけですから、それはそれで文化風習として大事にしていったらいいですし、すぐに無くなるわけでもありません。

しかし、先生方は《いずれ家から個人の時代となり、墓も家から個人の時代となります。いずれ必要がなくなるでしょう。だからこそ、子供たちには清らからものを残しなさい。家のカルマを清め、墓を清めなさい。》と伝えています。

家(過去)に囚われて個人(今)を蔑ろにして無理をすれば、全てがいびつに歪みますその歪みを子孫に継承させる必要はない、というより継承させてはならないのです

今の世代で負の連鎖を断ち切る、継承されたカルマを解き清め成就させるということの重要性に、多くの方に早く気付いて欲しいと思います。


この世の全てには、始まりがあれば必ずどこかで終わりがやってきます。

それに抗うのではなく、「なぜそうなのか?」と気づいて受け入れて全て許容できれば、少なくとも歪みやそれに伴うカルマの影響に苦しむ人間を減らすことができます。

先生方が、

《人は苦しむために生まれてくるのではありません。神様との約束を果たすため、カルマを清めて成就させるために生まれてくるのです。》

とおっしゃっていました。

生まれる前ははっきりと覚えていたその目的を、肉体を持つと人は皆うっかり忘れてしまいます。なぜなら、それだけ人の自我とは欲望が強いからです。

人生の真の目的を思い出すためには、過去の価値観に縛られて生きるのではなく、「今起きていること」に目を向けて、「今ここに生きていること」にフォーカスすることが大切なのです。


■これまでのブログ
【虐待のカルマ】 親子関係におけるカルマの影響《父親編》
【愛されないカルマ】親子関係におけるカルマの影響《母親編》
兄弟・姉妹関係におけるカルマの影響
【依存症のカルマ】先祖代々続くカルマの影響
性格や衝動に関するカルマの影響
趣味や嗜好に影響する過去生の生き様とカルマの影響
カルマの法則に必然と導かれた娘との再会


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