《視えず聞こえず感じず》なHIKARUの不思議体験~エネルギー編~

こんにちは、瑆です。
今回は【エネルギー】をテーマに書いてみます。

皆さんは、この世はすべてエネルギーだということをご存知ですか?


スマートフォンも、机も、食器も、
植物も動物も、私達人間も、
海も、山も、空も、
そしてカミに至るまで。


目に視えても視えなくても、
この世の中はエネルギーでできています。

もちろん、御霊さんたちもエネルギーです。

私達の視力が、どこまで認識できるか、というだけです。
霊体視力をお持ちの方は、多くのものが<視える>ということになるのですね。
私は、霊体視力はないので、例えば御霊さんたちは視えません。

この世で一般的に物質化しているもの以外のエネルギーには、気付きにくく、信じにくいところがあります。

こういうことも、大上院先生、道子先生とお仕事をさせていただくようになって知りました。

ファスティング合宿を7日間行って、自宅に帰宅した時のこと。
自宅に入った時、もやっとしたものを感じました。

すぐに窓を開けて喚気しましたが、それでも変で、居心地が悪いのです。

その時に、私は部屋の中にある物たち、家具や、飾り物や、置いてあるものからエネルギーが出ていることを感じました。


簡単に言えば、家の中が片付いていなかった、ということなのですが、その辺に雑然と置かれているものたちから、エネルギーが発されていました。

ファスティング合宿に出かける前には気づかなかったこと。
身体が浄化されたからこそ気づけたエネルギー。

この時私は、物は、動かないし何も言わないけれど、それぞれエネルギーを発していることを知りました。
そんな状態の室内にいて、心も身体も休まるわけがありません。
日々、物から影響を受けているということを認識して、掃除をしたのです。

皆さんも多少は何か感じていると思うのです。

ついつい《気のせいだ》と、流してしまいやすいことなのですが、私は、ファスティングを続けて、以前より敏感に察知するようになりました。

なんとなく心地が良い場所、ずっとそこにいたいと感じたり、
この場所はなんとなく嫌な感じがする、

丁寧な言葉なのに、
なぜかメールの文章から静かな怒りを感じる

人からは、
なんとなくイライラしているように見える
今日は元気がなさそうだな

ある人が部屋に入ってくると一気に空気が凍りつく
ある人がいるだけでみんな元気になる、など

きっと多くの人が、人の気配や人の状態など、
このようなことは目に視えなくても感じられませんか?


私達は、日々、目に視えないものからもエネルギーを受けています。

例えば御霊さん達のエネルギーを受けることがあります。
以前ブログに書いた霊障(電波障害、体調変化など)はその例です。

また、放射能も、紫外線も、目には視えませんが、現実に影響が出ていますね。
道子先生は、なんと放射能が視えるそうです。

そして、私自身もエネルギーなんだなと、ようやく気づいてきました。
実は、自分も周りにエネルギーを与えているのですね。

エネルギーを受けることに意識が向きがちですが、自分が周りに何を与えるか?がとても大切です。
自分が出しているエネルギーが人に影響を与えているということなのです。

魂の光スクールで教えていただいたマントラの中には、

すべては私から来たる
すべては私に戻る

と言う一説があります。

私がすべての源である、ということです。

どのように自分を整えて毎日を過ごすか?
自分はどんなエネルギーで毎日を過ごすか?

愛で満たされた状態で生きるか?
怒りや不満で満たされた状態で生きるか?

それは、自分が意図してもしなくても、エネルギーとして自然と周りに伝わります。

エネルギーとして視えなくても、日々の行動や言動、身なり、文字、仕事などすべて反映されます。
そのエネルギーの自分で行ったことが、結果として目に視える形で浮き出てきます。


そのことが、なんとなくわかっているようなわかっていなかったような私ですが、こんなことがあって明確に認識するようになりました。

いつだったか、道子先生に、「ひかるちゃんの頭が整理されてなくていっぱいいっぱいな時は、すぐにわかるのよ」と言われたことがあります。

私は口に出さずに隠しているつもりでも、エネルギーとして伝わってしまうのです。

嘘はつけません(笑)


コロナウィルスが流行する前、《MACHIのイスキア》として、サロンにいらっしゃるお客様におむすびをお出ししていました。


ある時、大上院先生が、一口召し上がった瞬間に「今日は味が違うね」と仰ったのです。

驚きました。

実はその日は、おむすびの玄米・海苔・梅干しという材料はいつもと同じものを使いましたが、むすぶ時の、呼吸の具合と力のいれ加減を変えてむすんでいたのです。

それを伝えていなかったのに、一瞬にして気づいていただいたことに衝撃を感じました。毎回召し上がっている先生だからこそ、気づいてくださったのだと思いますが、このように変化が現れてくるのです。

実は、衝撃と共に、怖い!と思った私もいました(汗)
視えない私だからこその反応ですね。

言葉にしなくても、目に視えなくても、そもそも全て伝わっているということです。

イライラしながら食事作りをしたらどうなるでしょう?
そのイライラエネルギーが篭ったお食事になるはずです。果たして美味しいでしょうか?

せっかくですから、食べてくださる皆さんに喜んでもらえる、食材たちにも敬意を払って美味しい食事を作るならば…おのずとやることはわかってきます。
自分の中を愛のエネルギーで満たすこと、ですね。

また、こんなこともありました。

今はオンラインの三六九の儀のご予約も多いので、私が祈願文を皆さんの代わりに代筆することが多いのですが、ある時、大上院先生から「祈願文が整ってきたね」と言っていただいて驚きました。
“字”にも全て現れます。書道家さんは、字を見ただけでその人のことがわかるそうですよ。


また、三六九の儀の時には、
私も一緒にお祈りをさせていただきます。

その際にも、大上院先生が、お祈り終了後に「祈りが澄んできたね」と言ってくださったことがあります。

自分では全く分からないことですので驚きましたが、思い当たる節はありました。

ちょうどその頃、瞑想の時間を少し延ばして、集中することに意識して取り組んでいたのです。


自分自身では明確にわかる変化は感じていなくても、繊細なエネルギーを感じる大上院先生には伝わっていたのです。

逆に私はこのお言葉で、瞑想の意味と大切さに気づくことになりました。瞑想で知らず知らず私自身のエネルギーが整ってきていたということです。

ちょうど今月初めに開催したZoomお話会で、感情はエネルギーだと言う話もありました。

私は、嬉しい・楽しいという感情は外に出せても、例えば不安や悲しみ、怒りなどは溜め込んでしまうタイプです。不安や悲しみ、怒りはマイナスな感情で、外に出してはいけない、と思い込んでいたのです。

先生方から、こんなお話をいただきました。

どんな感情にも、良いも悪いもなくエネルギーであること。
エネルギーは溜め込むといつか爆発する、だから溜めずに出していくこと。

そして例えば、怒りのエネルギーも、何かを生み出す創作のエネルギーに変えるなど、生かす方向を変えていくといいのだよ、と。

なるほどと思いました。

不安や怒りが湧くことが悪いわけではない。それは誰しもあることで、隠すことでもない。

それを、もっと自分の、みんなのためになるエネルギーに変換して使えば良いと言うわけです。

さて、ここまで書いてきましたが、読んでいただいてなんとなくでもエネルギーについて感じていただけたら嬉しいです。

いつも、先生方は「正直・誠実・無執着で生きる」と言うことをおっしゃいます。

「本音と建前」という言葉がありますが、私は「本音を言わない」ということをずっとやってきました。
日本という社会の特徴、そして年代的にも、それが良いと思ってやってきた方も多いのではないでしょうか。

今誕生してきている子供たちは、大人である私たちよりも、魂としては進化しているそうです。敏感にエネルギーを感じています。

つまり、私たちが考えていることが、言葉にしなくても通じるということです。そのような子どもたちに、「本音と建前」は通じません。


そして一番は、「本音と建前」で生きている私たち自身が辛いはずです。本音を隠して生きているわけですから…。

私自身も、経験してよくよくわかっています。

皆で、「正直・誠実・無執着で生きる」ことを実践していきましょう。
それが世界平和にも繋がります。



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