【珠生の体験談】〜自分から始まるカルマの法則〜 じっくりと冷静に1年を振り返ることで分かること

ごきげんよう、角尾珠生でございます。

月日が経つのは早いものでもう11月も半分終わりました。
今年も残すところあと1か月ですね。

2019年は〈家族のカルマが大きく現れる年〉、そして2020年は〈お金と色情のカルマが色濃く現れる年〉ということもあり、私の身にも本当に色々なことが起こりました。

現在進行形で起こり続けていること、未だ完結していないこともまだまだあります。

そんな激流下りのような1年を過ごして、『それでも溺れずにいられる私って素晴らしいんじゃないかしら?いや、きっと素晴らしいに違いない。』と早くも今年1年を振り返っております。


そもそも今年の始まりから、事件と呼ぶしかない出来事ばかり起きていました。
2020年の始まりは旧暦では2019年に入るため、2019年から2020年にかけてのカルマが強烈に現れたのです。

両親のこと、姉のこと、
夫のこと、娘のこと、
お金のこと、仕事のこと、
自分の体調のこと…

もう書ききれないくらい毎日毎日、何かしら起こってはその対応に追われる。

『抱えきれない、息も出来ない、倒れそう』
という何ともハードな幕開けだったわけです。

1日中、常にどんよりとした疲労を感じ、
夜も眠りたいのに悪夢で1時間おきに目が覚める。


そんな混乱の中で、正直に言えば

「もうずいぶん前に三六九の儀を受けて、実家と婚家の家系のカルマも私個人のカルマも諸々一通り解き清めたのに、何でこんなに困ったことばかり起こるんだ!」

と心の中で吠えていました。

ちょっと何を言っているか分からないレベルで、なぜそんな思考になったのか今では『謎』としか表現できません。

多分、色々な影響を受けすぎてちょっとおかしくなっていたのでしょう。
人は疲労がたまると被害妄想に囚われやすくなりますから。

そもそも、三六九の儀は【過去】から受け継いできたカルマを解き清めるためのもので、厳密にはやったら全部解決!とか、何もしなくても後はハッピーライフ!というものではありません。

先生方がいつもおっしゃいますが、


「三六九の儀を行うことで、
100kgの荷物のうち80㎏を下ろすことが出来ます。
 
しかし残りの20kgは、自分自身で残された先祖のカルマを祈りによって清める「感謝と奉仕」という仕事です。それは愛を育てる行為なのです。
さらに、本来果たすべき、今回の人生で成し遂げる真の目的や目標を果たす人生が始まります。そのためにカルマは日々作られるので無くなることはありません。
 
そこから自らがどのように残りの荷物を扱うのかによって変わってきます。

カルマを作り出すような行いをすれば、
せっかく少なくなった荷物をまた新たに増やすことになるでしょう。」


というわけですから、
儀を行うことで先祖からの影響は軽くなりますが、そこからが自らのカルマに向き合う本番です。全て楽になるかというとちょっと意味が違うのです。

全てが自動的に解決して何もしなくても良くなる、負うべき責任から逃れられる、ということではありません。

もちろん、100kgが20㎏になるわけですから足取りは格段に軽快なものになります。
そういう意味では身軽になり、100kgを丸々背負っていた頃に比べれば楽にはなるでしょう。


しかし、その身軽な状態を継続するため、または更に軽くしていくためには三六九の儀を行った後の日々をどのように過ごすのかということが重要になってきます。

儀を受ける前と同じ生き方をして、新たにカルマを増やし続ける生活を続ければ、
10㎏になった荷物が気づくとまた100㎏になっているなんてこともあり得ます。

私自身もどこかで「これくらいなら平気だろう。」と楽観視していた部分があったのでしょう。

見ないふりをしていたもの、気にしないふりをしていたもの、無かったことにしたかったもの、それら全てが 新たな荷物としていつの間にか加算されていました。
その加算は、予想よりはるかに大きくて押しつぶされそうになっていたのです。

【やったことも、やらなかったことも全ての選択が返ってくる】というカルマの法則を再度、身を持って知ったのです。

「見て見ぬふり」は逃避です。愛ある行為ではありませんでした。
「良かれ」と思ったことでも、自分自身に正直でなく我慢すれば自らに返ってきます。

【愛の行為は我慢ではなく正直に伝えて結果を求めない】これも先生方がよくお話していたことでした。

ここで更に重要な事は
『類は友を呼ぶ』ということです。

いつも人々は互いに何かしらの影響を与え合って生活しています。

つまりは 私の行いが周囲に影響を与え、似たような環境を作り出していた
自分で自分が困る環境を作っていたということになりますね。

そこに気づかないままだったからこそ、「私はこんなに一生懸命やっているのに、いつも周りが私を困らせる。」というように被害妄想が暴走して悪循環を繰り返していました。


問題の責任を外に求め、自分を顧みようとしていなかったのです。
いつも解決策は自分の中にあるのに、それが分からなくなっていました。

というより、面倒だから気づかないふりをしていたという方が適切でしょうか。「そのうち誰かが気付いてやるだろう」と思っていた節があります。

でも、一番に何かに気づいて率先して行動に移すのはいつだって私なのです。

その私が放っておいたら、誰も気づかないし、行動にも移さない。

ただただ時間だけが過ぎていくということを分かっていたのに、自我(肉体)の「面倒だ」という感情に引きずられていました。

結局、面倒だからと後回しにして余計に面倒なことになったので、やっぱり何でも気づいた時にやらないとダメなんだなということがよく分かりました。

また、「人は変えられないけれど、自分を変えていくことで周囲に変化を促すことが出来る。最終的には周囲も変わっていき、より良い環境の中で過ごすことが出来るようになる。」と先生方がおっしゃっていたことがようやく実感できるようになりました。


そして周囲に過度の期待をしないこと、というのも大事だと気づきました

過度の期待過度の期待は自分も相手も苦しめることになります。

魂の光という先生方の講座で学ばせていただいて、
【期待と不安】これが四苦八苦の原因になること、そして、人への全ての【期待】に気づいて【期待】しないように努めることが大切なのだと気づきました。

【期待】は結果的に自分も相手も苦しめることになるのです。

「何でやってくれないの?改善してくれないの?」と思ったところで、相手はその重要性に気づいていない。
ひょっとしたら気付いているかもしれないけれど、見て見ぬ振りをしているかもしれないのですから。

自分は気づくことでも、相手や周りの人は全く違う見方を持っているので、同じように気づくことはないのです。

また気づいたら行動に移すという一連の流れが、上手く整っていないことも考えられます。

これは感度と意識の問題で、
カルマの成立ちや影響を学び日々カルマを作らないように生きようとしている人と、カルマの成立ちや影響を知らない・意識していない人では全く日々の過ごし方が異なるのです。

例えば、同じような環境に身を置く家族だとしても、理解や解釈は異なります。

より良くなる方法を知り、身近な家族に助言として伝えても、理解を得られないことや逆に非難されるという経験をしたという方もいらっしゃるのではないでしょうか?

特に三六九の儀やお塩盛など目に見えない世界のことについて理解を得るというのは、通常よりも時間がかかることが多い傾向にあります。

分かってほしい、共有したい、一緒に進化していってほしいという希望はもちろん持っていても問題ないのですが、それを相手に自分と同じように求めると衝突する頻度が増すように思います。

ですから相手に求めるというより、まず自分から動くということに焦点を当てた方がストレスの少ない生活を送ることが出来るでしょう。

どんどん行動して素敵に変わっていく姿を見れば、相手も「あれ?何か今まで違う。いいなぁ、自分もそうなりたい!」と成長を促すことに繋がります。


ここで大事なことは
何でも自分だけで抱え込まないこと。

相手に期待できないから全部自分でやらなきゃと思うと、自分を追い詰めることになります。

私はそうしてどんどん自分を追い詰め、周囲にイライラをまき散らす悪循環に陥っていました。
自分も周りも幸せにしたいと思っていたのに誰も幸せではありませんでした。
自分は自分、人は人と上手く切り離して考えることが出来なくなっていたのです。

ただし、このような悪循環を繰り返していても、
心からどうにかしたいと方法を探していると、神様がナイスタイミングでヒントをくださいます。

私の場合は、先生方の開催している魂の光の学びの講座での発表やZoomで開催されるお話会への参加で、自分の考えや状況、胸の内などを思うがままに吐露することで、「あぁそうだった。」と自我(肉体)の私から真我(魂)の私へと徐々に戻ってくることが出来ました。

人生は中々一筋縄ではいかないもののようですが、この自我と真我との移ろいも必要な事なのだと今は分かるようになりました。


【今年1年を振り返る】
よく聞くことだし、当たり前のことかもしれませんが、大体年末の忙しい時期になってしまって、半分ぼやけた頭で「今年も大変だった。」で終わってしまいがちなので少し早い今の時期に振り返れたことは非常に有意義でした。

自分が何をしていたのか、その時どんなことを考えていたのか。
それを踏まえて今はどうしたいのか。
今後はどうなっていってほしいのか。

そういったことを、一度立ち止まってじっくりと感情は横に置いて事実を確認してみる。

もし私のように自我(肉体)の感情に飲み込まれて、何が何だか分からなっている方がいらっしゃれば特にこの方法はおすすめさせていただきたいです。

「そんな別に日々に不満とか無いのですが。」という方もお試しいただくと、より良い方向に進めるヒントになるかと思います。


Zoomお話会
12月 4日(金) 11:00 ~ 12:30
12月20日(日) 13:00 ~ 14:30
詳細・お申し込みはこちら

■魂の光 プラクティショナー講座
(2021年 5月開始・zoom開催予定)
詳細はこちら

魂の光 体験クラス
毎月1、2回 開催予定
2時間 11,000円

カルマノート 体験クラス
毎月1、2回 開催予定
2時間 11,000円

三六九の儀
詳細はこちら